あるむふぁっきら

福岡の大学生による雑記帳。

【書評】嫌われる勇気は釣りタイトルだった。幸福な人生を得るために必要なのは貢献感。

こんにちは。
大学生ブロガーの川尻いっちー(@sp_tiger_hatena)です。


自己啓発本としてよく紹介されている『嫌われる勇気』を先日読んでみました。

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読了してまず思ったことは
この本は良い。
ってこと。

どうすれば幸福な人生が送れるかについて真剣に議論されていて、とても面白かったです。

『嫌われる勇気』ってどんな本?

アドラー心理学を研究している「哲人」のもとに、ある「青年」がやってきて議論する、という内容です。

青年は、哲人の提唱する

  • 『人は変われる、世界はシンプルである、誰もが幸福になれる』
  • 『全ての悩みは人間関係が原因』

といった考え方を批判し論破するために様々な論議をしかけます。
哲人がそれに対して答えていくという形です。

対話形式で書かれているので、内容がとても頭に入ってきやすいです。
また、青年の意見にも哲人の意見にも共感できる部分があり、心と頭働かせながら読むことができました。


幸せな人生を送るためには

陥りやすい間違い~承認欲求~

幸せとは突き詰めて考えると、自分を好きでいる状態だといいます。
自分を好きでいるためには自分に価値があると感じたい、そのためには自分が誰かの役に立っていたい、と考えるのですね。

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ここで多くの人はこの貢献感を、承認欲求を満たすということで得ようとします。
承認欲求を満たすということは、他人に認められる必要がありそのためには他者の望む人生を生きてしまうことになります。

他者の人生を生きていると、本当の自分を歪めて生きていくことになり自由ではなくなります。
他人と比較して自分はダメだ・・・とか、もし自分に○○があれば××ができるのに、とネガティブ思考に陥ってしまうのです。

正しい貢献感の持ち方

では、どうすれば正しく貢献感を持って幸福を感じることができるのでしょうか。

哲人は、『共同体感覚を持つこと』がその鍵であると言います。
共同体感覚を持つとは、「自分の居場所がある、自分はここにいていいのだ」と感じている状態のことです。

共同体感覚を持つために必要なことは、さらに3つあります。

自己受容

なにか自分の欠点と思えることを見つけた時に、それを受け入れることです。
もちろん、改善できるものは改善していくべきですが、たとえできなくてもそんな欠点のある「このわたし」を「わたし」として受け入れることで、自分を他者と比べる必要がなくなり、幸福を感じやすくなります。

本文中では「二―バーの祈り」というものが紹介されていました。

『神よ、願わくばわたしに、変えることのできない物事を受け入れる落ち着きと、変えることのできる物事を変える勇気と、その違いを常に見分ける知恵とをさずけたまえ』

これはキリスト教社会で有名な、平穏を神に願うための祈りのことばの一節です。

なにかの能力が足りないと嘆くのではなく、自分を受け入れて1歩踏み出す勇気を持つことで幸せに近づくことができます。

他者信頼

自分以外の他者を無条件に信頼すること。
裏切られるのではないかと恐れないこと。

これは、他者を共同体の仲間だと感じるために必要です。

ここで重要なのが、「課題の分離」という概念。
自分の課題(=できること)は自分にしか取り組めず、他者の課題(=できること)は自分には取り組めない、ということを理解するのです。

他者を信頼することは自分の課題、しかしそれにどう答えるかは他者の課題であるといえます。
ますは自分の課題、自分にできることである他者信頼の心を持ち、他者を仲間だと思うことが良い人間関係を築き共同体意識を持つ秘訣です。

他者貢献

自己受容と他者信頼を持ったうえで行なう他者貢献は、他者の言いなりになる(いわば縦の関係)のではなく、他者を仲間として認識しその人のために自分が何をできるのか考えて実践します。あくまで相手と対等な立場で、相手のために何かをするのです。

ここで重要なのは、自分が貢献感を持ち自分の価値を実感するために他者貢献をするということです。

もしも、なにか親切をしていても相手に対して悪感情を抱きながらだと、苦痛な自己犠牲や偽善になってしまいます。

しかし相手を仲間だと考えて心から相手のことを考えたうえで行われる他者貢献は、苦痛ではなく幸福感を生み、自分の価値を認識することにつながります。

正直この部分は、僕も理解できていないところです。

  • 自分の価値を認識するための他者貢献はつまり自分のために行っていることなのだから、やはり偽善ではないだろうか?
  • やはり他者貢献の反応として得られる他者からの承認も、幸福のためには必要なんじゃないか?それが自然なことなのでは?

などなど疑問はたくさんあります。

しかし「わたしは他人の役に立っている」という実感を持って行動する人は自信があり堂々とした雰囲気を持っているでしょうし、おそらく成功者になりやすいんだろうなと思います。

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究極的に言ってしまうと、他者からの承認も自分が「得られた」と感じるから得られるものですし、自分で自分の価値を認識するのとそれほど変わりはないのかな?と思います。他者承認と自己受容が思考プロセス的に同じならば、他人の挙動に左右されない確実性という意味でも自己受容を目指していくべきなのだと思います。

おわりに

ここまで書いてきて、タイトルにある「嫌われる勇気」という言葉が一度も出てきていないことにあなたはお気づきでしょうか?

本書のタイトルになっている「嫌われること」ですが、本書で最も大切なことではないのです。

先ほどの「課題の分離」という概念。
他人から嫌われているのは、他人が自分のことを嫌うから。
他人が自分を嫌うのは他人の課題であり、自分はそれを選択できない。
他人の課題を自分がおこなうことはできない、という意味で嫌われることは仕方ないということです。

また、嫌われているということは自分の人生を生きている証拠であるともありました。

確かに、自分の言いなりになる人を嫌いになる人はあまりいないでしょうから、嫌われているということは少なくともその人の人生を歩んでいないと言えるでしょう。

タイトルに騙されて少し敬遠していた本ではありますが(だって怪しさ満点じゃないですか!)、読んでみてよかったと思います。

先人たちの哲学を学ぶことで、少しでも自分の幸せを形作っていけたらなと思っているところです。


これまで!