あるむふぁっきら

福岡の大学生による雑記帳。

凡人として生きるということ-押井守【書評・感想】

映画監督、押井守さんの著書「凡人として生きるということ」を読んだ。
凡人として生きるということ (幻冬舎新書)
やはり表現者が書くオピニオン系文章は質が高いなと思わされた。
印象に残った部分を書きます。


自由について

オヤジ論

一般的に

若者=自由、若さに価値がある
オヤジ=不自由、価値がない

とされることがある。


しかしこれは本当だろうか?本質を語っていると言えるだろうか?とこの本は問いかける。

押井さんは「自由」を、

  • 消費する側ではなく、生産し経済を動かす側にいるかどうか
  • 自分を理解して、自分の価値観を築いているかどうか

で定義している。

若者は経験がなく、自分の価値観を持てていないので世の中の流行で自己を表現しようとする。

一方本当のオヤジは自分の価値観・美学を持ち、世の中の事象の本質を見ているので自由である。流行りに左右されないので若者からは「ダサい」と見られるかもしれないが、その「流行」は実はオヤジたちが作り出したものである。オヤジは良い意味で自分の欲望に従って生きている

僕もやがては年を取ってオヤジになっていくわけだが、

生きる術を身につけ、精神において自由を得る

凡人として生きるということ 39ページ)
という理想のオヤジ像を目指して生き抜きたいと思う。

社会の中で生きること

自由について語る上でその逆の不自由について語ることは重要だ。

「結婚は人生の墓場」などという言葉がある。結婚すれば自分の人生は自分のものだけではなくなり、様々な荷物を背負うことになる。だから不自由になる、という論理も成り立つ。
また、仕事もせず一日中ゲームやインターネットをして過ごす若者を「自由」だという人もいるかもしれない。

こういった考えは「人と関わること、人の人生を抱え込むこと」が不自由につながるという意識から生まれると解釈できる。

しかし人類、ひいてはその祖先である霊長類も群れを作って生きることで繁栄をとげてきた。
群れを作る、つまり社会の中で生きることは人間の本能また本質であり、社会とかかわることこそ幸福や自由につながるとこの本は語っている。

たしかに、誰かに必要とされる時に僕たちは充実感を感じる。
社会的な立場が上がっていろいろな責任を負うごとに、誰かに必要とされる場面も多くなるはずだ。

僕は今まで社会的立場とか出世とかに全然興味がなかったけれど、こういったメリットもあるのか・・・と考えさせられた。

恋愛について

もう一つ印象に残ったのは、3章「勝負論」で恋愛について語っている部分だ。

「私と仕事とどっちが大事なの!?」という文句が世の中にはあるが、このむちゃくちゃな質問をしてしまう心理について解説している部分がある。

仕事での成功が社会の中での客観的な評価によって決まり、恋愛は当事者間での絶対的な評価で成立すると述べたうえで、

人間というものは自己実現の方法として、常に他人からの評価を得たがる存在である。だから、社会性の中での評価(=仕事)と、当事者間での評価(=恋愛)という二つの基準で成り立つ評価のうち、どちらか一つだけではなかなか満足できないものなのである。
(中略)
だから、恋愛の相手が仕事にばかりかまけていると、「相手は私の下す評価より、社会が下す評価を優先させているのではないか」という疑心を芽生えさせることになる。そこで、「私と仕事とどっちが大切なのか」などと、(中略)理不尽な二者択一を求めたりするのである。

凡人として生きるということ 80ページ)

と論じている。

ただ単に自分よりも仕事を大切にしている、というのではなくて、自分の下す評価と社会の下す評価を天秤にかけているというひねった解釈にはとても納得させられた。

まとめ

通して読んでみると、この本は「強者の視点」から書かれている本だ・・・とは思った。
オヤジが素晴らしいとは言うものの、全てのオヤジが自分の理念を持ち、それを現実化できているわけではない。どんなに努力をしても環境のため、運がなかったために「自在感」を得られていないオヤジの方が多いとも思う。

タイトルの「凡人として生きる」を論じた第七章は学生運動の経験をもとに書かれているので、受け付けない人もいるだろう。

それでも、強く生きていくために必要な人生哲学がこめられていた。

勝負に必要な

  1. あきらめない
  2. 勝ち続けることを狙わない


という2つの原則はどんなことにも役立つと思う。

アニメ映画監督という職業上、「オタク」と呼ばれる人についても語っている章もあり、興味深かった。

あと、表現することを仕事とする人物の人生論は、けっこうレトリックみたいなところがあっておもしろいと思う。