あるむふぁっきら

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福岡の大学生による雑記帳。

人類の原点を求めて: アベルからトゥーマイへ 【読書感想文】

人類の原点を求めて―アベルからトゥーマイへ

先日の「神父と頭蓋骨」を読んだ後、同じテイストの本を読みたいと思い借りてみた。

サヘラントロプスの発見者、ミシェル・ブルネの自伝である。



手に取った理由

この本の副題は「アベルからトゥーマイへ」となっている。アベルといえば旧約聖書に登場する最初の人間夫婦の二男で、兄のカインに殺害されたことで知られる人物だ。副題に旧約聖書の人物名が入っているくらいだから、創造論と進化論について考える上で何か役に立つかもしれないと期待して読み始めた。

見当違いでした

ところが読み進めていくと副題にある「アベル」とは、著者が発見したアウストラロピテクスの化石個体についている愛称で、しかも創世記に登場するアダムの息子ではなく、ミシェルの同僚で突然の病によってこの世を去ってしまった科学者に由来していることが分かる。創造論については考慮するどころか、序論部分でテイヤール・ド・シャルダンが提唱したような神の介入によるヒトへの直線的な進化論も否定している。

シャルダンによれば、進化の最終的な目標はヒトであり、地球上の生命が必然的にヒトに進化していくように、事前にあらゆる条件が整えられていたのだという。(中略)だが、こうした思考法は科学的でないばかりか、まったくの誤りでさえある。

肝心の内容だが、著者の学者としての哲学が語られている箇所が多く正直つまらなかった。

ちなみに副題に登場するもう一つの単語「トゥーマイ」とは、同じく著者が発見したサヘラントロプス・チャデンシスについている愛称である。サヘラントロプスは最古のヒト亜属の生物だとされている。

おもしかった点

とはいえ、他の類人猿に比べてヒトの男女間で性差が少ないことに関する説明は興味深かった。
ゴリラやチンパンジーの大人のオスには、メスにはない鋭く大きな犬歯が生えている。彼らは一夫多妻制の生活をしており、できるだけ多くのメスを獲得するために牙を武器として他のオスと闘わなければならないからだ。
しかし発見された「アベル」はオスであるにも関わらず、犬歯が発達していなかった。これは現生人類と共通する特徴である。これは古代のヒト科が一夫一婦制をとっていたからだと考えられているそうだ。

歯の形質によって、生活様式が分かるというのはとてもおもしろく感じた。急にこのアウストラロピテクスが身近に感じられるようになった。

科学と宗教

本の終盤にある学校教育に関する文の中で著者は

科学は、後代に残すべき人類の遺産のひとつである。その科学を放棄し、全能の神にすべてを委ねてしまうのは、思想の自由や研究の自由、ひいては民主主義を抑圧するに等しい。

と述べている。公教育で進化論ではなく創造論やインテリジェンス・デザイン説を教えようと唱える人々をけん制する意図があると思われる。

「神」という存在を持ち出した瞬間に、それは科学ではなくなってしまう。そもそも科学とは客観的・合理的に物事を観察することだからだ。神は物質の存在ではなく、客観的に観察することはできない。ID説の「知性ある何か」も同じである。その意味で、ミシェル・ブルネの書いたこの言葉には大いに賛同できる。「科学」に「神」を持ち込むべきではない。

しかし、今生きている者たちに科学が全てを答えてくれるわけではない。神を信じ、科学がまだ解決できていないことを神に委ねることにした人がいても、それはとてもうなずけることであると思う。