あるむふぁっきら

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あるむふぁっきら

福岡の大学生による雑記帳。

形変えずに3000年、ハラン遺跡の蜂の巣型住居

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ハランとは?

「ハラン」という名前にはアッカド語で「道路、隊商路」といった意味があることからも推測できますが、古代には主要道路が交わる場所でかなり発展していました。

旧約聖書の中ではフェニキアの首都ティルスの主な貿易相手であったとされています。*1



ウルと同じく月の神シンの神殿があり、文化面でもメソポタミアの重要な都市でした。

さらに現地の方曰く「世界最古の大学があった」そうです。*2
現存しているのはアイユーブ朝時代の大学の遺跡なのですが・・・。

また城門や城壁、要塞の一部も残っているそうで。

荒野の中にたたずむ赤茶けた古代遺跡・・・、想像しただけでロマンを感じますね。


ビーハイブ・ハウス

ハランは平原の中に位置し、夏は灼熱の日差しが照り付ける過酷な気候です。

そのため古代から人々は快適な暮らしを求めて住居に工夫を凝らしました。

それがこのドングリのような形の家、ビーハイブ・ハウスです。
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ハッラーン - Wikipedia

しばしば「蜂の巣箱型」と形容されてます。
僕は初め見た時、「ブサイクなピラミッド?アリ塚?」と思いましたけど。

これらの家は日干し煉瓦を円錐状に積み上げて作られています。

中は、天井が高く意外に広々と、床には絨毯が敷き詰められ、
しかも、涼しくて、快適...
天窓から効果的に光を採り込み、室内は明るく...

ハランへⅡ...(To HARRAN) - (続)TOMの世界一周てくてく旅行記 - Yahoo!ブログ

見た目とは違い風通しもよく、かなり快適そうですね!
夜の寒さはどうなのか気になりますが、ぜひ一泊してみたいものです。


3000年の歴史からの考察

さてこの住居、3000年前から基本的な形が変わらずに、なんと1980年までは普通に人が住んでいたとのこと。

日本史でいうと、「ついこの間までは竪穴式住居に住んでたよ~」くらいの話でしょうか。

時を経ても受け継がれてきたことから、この蜂の巣型住居が本当にこの地域で生きるのに欠かせないものだったことが分かりますね!

ただこの住居が最近まで使用されていたことには、もう一つの側面があるように思えます。

それは貧困です。

現在のハランの人々は古代とは逆に、経済的に貧しい生活を送っているようです。

この辺りを旅行された方のブログの写真を見ると、靴を履いていない子供たちがいることが分かります。
上でも書いた通り、中東の荒れ地はとても暑いはず。地面もかなり熱せられているでしょう。

ハランは貧しい。ガイドのホスカが、子供たちにあげようと、密かに学用品をたくさん持ち込んでいた。順番に並んで受け取るように言ったらしいが、トルコ語が通じなかったらしい。それは瞬く間に奪い合いとなり、腕っ節の強そうな男の子が女の子を泣かせている。
http://homepage3.nifty.com/castella_moon/turkey2.htm#ハラン

上記のような記述も。

ありえない話ではありますが、もし日本に実際に1980年代まで竪穴式住居に住んでいた地域があったとすれば、その地域は極端に貧しい場所だったでしょう。

そう考えると、以前使われていた道具・住居・祭祀などが「歴史」になるスパンには、経済的な格差があるのかもしれません。

まとめ

最初はこのおもしろい形をした住居に興味を持って、「行ってみたい」と感じました。

しかし実際に旅行に行かれた方のブログを読むと、貴重な遺跡に隠された現代の社会問題が見えてきたように感じました。

もしもハラン遺跡へ行くことが叶えば、しっかりと観光をしてお金を落としてきたいと思います。

でも、あれです。今は単純にケバブが食べたくなりました。

*1:エゼキエル書27章23節

*2:一般的には紀元前7世紀のインドガンダーラ地方にあったタキシラの僧院が最古